Ⅱ言説の規則性 Ⅲ対象の形成(pp.80~98)担当:Sk

 

Ⅱ 言説の規則性 Ⅲ 対象の形成 (pp.80~98)

 

言説の対象としての存在の体制の条件

 a, 諸対象の出現と最初の表面の標定

 b, 境界確定の審級の記述

   →ex)「狂気」における医学、司法、宗教、文学批評 etc

 c, 種別化の格子

   →ex)「狂気」を言説の対象として切り離したり、対立させたり、近づけたり、グループ化したり、分類したり、派生させる

 

 a~cの条件でもまだ不十分

  理由:① a~cは全面的に構成され、完全な状態で諸対象を提供するわけではない

     ② a~cの列挙が絶対である必然性はない

 

◯19世紀の精神医学的言説を特徴づけるのは、特権化された諸対象ではなく、その言説が自らの諸対象を大きく分散したままに留めつつ形成するやり方

  →この形成を保証する条件はa~cであるのは確か

 

1つの言説が定義される時

①     a~c間の諸関係を打ち立てることができる時

 ② 問題となっている言説のすべての対象が自らの場所と出現の法則をその集合の中に見いだすのはどのようにしてなのかを示せる時

②    その集合がそれ自身、変容する必要なしに互いに排除しあう諸対象を同時もしくは継起的なやり方で生じさせうるのを示せる時

 

①   ~③の指摘から導ける以下の帰結

1、言説の1つの対象が出現するための諸条件

それらの諸対象とのあいだに様々な関係を打ち立てるための諸条件

対象は諸関係の複雑な束から成るポジティヴな諸条件

 

2、諸関係は諸々のプロセス、様式、携帯、技術のあいだに打ち立てられる

諸関係は対象の内的構成を定めるのではない

諸関係は対象の出現、他との並置、差異、異質性の定義である

 

3、諸関係は「第一次的」と呼ばれる諸関係から区別

A、第一時的現実的諸関係のシステム

B、第二次的反省的諸関係のシステム

C、言説的諸関係のシステム

これらA、B、Cが空間を作る

 

4、諸関係の束を決定

→実践としての言説が特徴づける

II 言説の規則性 II 言説形成(pp. 63-79) 担当:By

 II 言説形成

  • 諸言表のさまざまな関係と、それらが提示される際にさまざまな形態によってとる統一性を記述することについて。記述の慣習的な仕方は根本的に問い直されなければならない(II - I節)。
  • 言表が結びつき統一体を形成する仕組みを記述するための4つの(かつて正しいと思われていた)仮説。それぞれに難点があり、破棄され、あるいは修正が加えられる。

 

4つの仮説

  1. 諸言表は、それがかかわる対象の同一性によってグループ化される。
  2. 諸言表は、その言表行為の形態・スタイルの同一性によってグループ化される。
  3. 諸言表は、そこで作用する諸概念の体系の同一性によってグループ化される。
  4. 諸言表は、それがかかわるテーマの同一性によってグループ化される。

難点

  1. 対象は、その名において諸言表のそれぞれが語ること=発言(パロール)によって構成されてきたのであり、その逆ではない。さらに、諸言表の総体がただひとつの対象に関係づけられるわけではない。諸言表が自らの相関物とする対象は、それぞれにおいて異なったものであった。
  2. 言説をコード化された規範的言表行為のシステムによって定義しようとすると、捉えたいと思っている統一体のごく一部しか記述することができない。
  3. 諸言表の間で、諸概念の総体は必ずしも共有されていないし、両立しない。すべての概念を整合させるような普遍的な諸概念の総体を作ろうとしても、うまくいかない。
  4. それぞれを可能にし整合させている概念・分析・対象領野が異なるような複数の言説が、同じテーマ系をつくる出発点になっていたり、一方、同じ概念・分析・対象領野から出発して異なるテーマ系がつくられ得たりするため、ひとつの言説の個別化の原理としてテーマは不適当である。

修正された仮説

  1. 言説の統一性は、多様な対象が同時的・継起的に出現しては絶え間なく変換を被るような空間からなる。そこにおいて、諸言表の関係は、多様な対象がさまざまな操作を受ける際に従う諸規則によって記述される。
  2. 言説の統一性は、多様な形態・スタイルの同時的・継起的な出現を可能にする諸規則の総体によってもたらされる。諸言表の関係は、互いに異なった形態・スタイルをとる諸言表が共存する仕方を分析することで記述される。
  3. 言説の統一性は、多様な概念の同時的・継起的な出現、消失の作用や、互いの隔たり、両立不可能性を分析することで求めることができる。
  4. 言説の統一性は、多様な概念・分析・対象領野の選択やさまざまなテーマの可能性からなる。諸言表の関係は、こうした選択地点の分散を標定することで記述される。

 

  • 明確な概念や、切り分けられたものの永続性を前提する記述から、言表の分散のシステムそのものの記述へと移行しなければならない。仮説の修正はそうした移行を反映するものである。
  • 修正によって得られた新たな4つの仮説が、以後の言表のシステムの分析の出発点となる。そうして分析を進めた後においても従来の思想史における慣れ親しんだ概念が有効であり続けることは、もはや保証されない。

II 言説の規則性 I言説の統一(pp. 43-62) 担当:Kk

II 言説の規則性

I言説の統一性

 

p.43-62

●歴史的分析に対する理論面での問題提起。

①分散した出来事を連続的なものとして自明視させるような観念からの解放がまずは必要。まずは出来事を分散したものとして扱う

 例)伝統、影響、発達、進化、心性、精神…単に順序的に前‐後であるだけかもしれない出来事どうしの間にそれらを貫く法則や因果関係を見出させるような観念

 ②言説の形態・ジャンルの区別も疑うべき

…カテゴリー分けの基準は時代によっても変化するし、言説を区分けすること自体が言説的事実であって、普遍的な法則ではない

 ③書物・作品の統一性も再考すべき

…こういう条件を持っていれば一冊の本や一つの作品と呼ぶことができる、という条件は決まっておらず恣意的なもの。書物と他の書物との境界は画定されない。

「結び目」:どこからどこまでを結び目と呼ぶのか、結び目はそこで結ばれている紐のうちいずれに所属しているのか分からない。そしてその紐を通じて他のテクストに「送り返し」を行う(この「送り返し」はテクストが別のテクストとの間に関係を有していること、くらいの理解でいます)

 作者名も統一の基準にはならない:どこからどこまでを作品と呼ぶのか?

  作品=作者の思考や無意識や制約が読み取られるもの?

 しかしそれを読み取るのは読者。これも自明のものではない

 ④言説は突然現れるのでなくなにか原因があって生まれる(→遡っていくとその起源に辿り着ける)/も  くは、言説にはそれによって語られなかったことも含まれておりそれが次の言説の拠り所となる、という考えも放棄すべき

  …この考えに従うなら言説は実はもともとそこに潜在していたということになる。そうではなくて、言説が現れるまでそれは存在していなかったと見なし、時間的一回性を持つ事件、事実として言説の出現を扱うべき

 ※フーコーは「一つの作品」とか「他の諸々の書物」とかの言葉を使いながらそれらの統一性を疑っているが、その理由はp.52-53で示される。それらをないものとして考えることは難しいが、それらが不変のものでも自明のものでもないことを明らかにするだけで、見えなくされていた問題が明らかになる。ある土台の上に立つのはそれを問い直すためという姿勢。

  さらにp.57以降ではそれらの統一性が再発見されるとしても、その見直しというのは言表をドキュメントからモニュメントへ再変換するという意味を持つ(下記参照)。

 

●自明視されていた言説の連続性を問い直すと、言説を分散した(≠連続的な)出来事として記述することが可能になる

・これは言語体系の分析のように、限られたサンプルからそれらに一貫している規則を探るものではなく、できるだけ多くの言説を記述し、かつそれらを越えて広がってはいかない。

・またこれは、言説(言表)の背後にある意味を読み解こうとする思考の分析とも異なり、言説が何を意味しているのかを問うこともない。

=言説をドキュメントでなく、モニュメントとして扱う

…そのモニュメント性とは言語体系の分析においても思考の分析においても扱われ得ないもの。

 

こうした問い直しは自明視された連続性という前提に基づく「単なる心理学的な総合」を逃れ、言表どうし、言表のグループどうし、そして言表(のグループ)と他の種類の出来事の関係を把握することにつながる。

…恣意的な、別々の基準に基づく統一性から逃れ、出来事であること、モニュメント性に立ち戻ることで、まったく別のカテゴリーに分類されていた言説どうしだけでなく、言説と他の歴史的な出来事も同じモニュメントとして比較、関連付けできるようになる

 

正しい方法で諸言表を統一できるように

 

●あらゆる前提を否定してはこのような問い直しにとりかかることもできない

→まずは元からある領域を受け入れて、それを適宜修正していく

対象とすべき領域:

①もっとも言説間の関係が濃密ではっきり解読できる領域(=どのように言説間の関係を記述すればいいか、のモデルになる):科学

②言説間の関係が整理されていない領域:問い直されるべき余地が多くある

③言説の主体を対象とする言説の領域:言説の主体を疑うことで誤った統一性から逃れる

I 序論2⃣(pp. 24〜40) 担当:Tn

歴史学が、考古学(=モニュメントの内部的記述)を目標としていることによる帰結の三番目

→「包括的歴史のテーマ、およびその可能性が消え去り始め、それとは大きく異なるものとして、一般的歴史と呼びうるものの輪郭が姿を現すということ。」

 

○ここで言う包括的歴史は、「一つの文明の相対的形態や・・・隠喩的に一つの時代の「表情」と呼ばれるものを——————復元すること」を企図する歴史である。

→そして、その企図は、次の仮説に基づく。

  • ●「時間的かつ空間的に明確に定められた一つの区域のあらゆる出来事の間に・・・等質関係を打ち立てることが出来るはずだという前提」
  • ●同じ形態の歴史性が習慣、構造、行動様式を、同じタイプの変換に委ねるのだという前提
  • ●「歴史そのものが、自らの凝集の原理をそれ自身のうちに保持するいくつかの大きな単位に分節化されうるという前提」

 

○上の様な包括的歴史の諸前提を、新たな歴史学(=一般的歴史)は問いに付すのである。
  • ●「問いに付す」ことにより、互いに異なる系列の間に正当なやり方で記述されうるのはいかなる形態の関係であるのかという問題が開かれる
  • →系列はいかなるシステムを作れるか。相関関係、優位感関係はどうなのか。いかなる系列の系列(=一覧表、タブロー)を構成する事が出来るか。

 

 

    最後の帰結

→新たな歴史学が方法論的問題に出会う。

 

 

    新しい、一般的な歴史学は、以下の理由により注目に値する。

○歴史哲学が提起した(たとえば歴史的知の相対性をめぐる議論など)から或る程度まで解放されている
○別の場所(言語学、民俗学など)に見いだされる諸問題と合致する部分がある。

→そして、以下のことを認めれば、それは「構造主義(が直面している問題)と言える。

  • ●それらの問題は歴史という領野の一部でしかないこと
  • ●その問題は歴史学そのものの領野で誕生したものであること
  • 構造主義が構造と生成との間の葛藤・対立を乗り越えるための試みについて語ることを許可する訳ではない事。

 

 

    とりわけ思考の歴史において、歴史学のこうした認識論的変異は、まだ反省されていない。

→その理由は、思考の歴史が意識の至上権にとって、一つの特権的な避難所であるからだ。

○こうした合理性の保護は、精神分析学や言語学の分野で起きた主体性の脱中心化を背景に、とりわけ歴史学の分野で再活性化された。

 

I 序論1⃣ (pp. 11~23)  担当:Sk

「認識論的な行為および閾」

 ・想像力との共犯が消え、認識の成熟が消滅する

  →新たなタイプの合理化とそれによる多種多様な効果の標定へ

 

「諸概念の転位および変換」

 ・一つの概念の歴史の種類

    その概念の段階的洗練、連続的に増大する合理性、その抽象化の傾向に関する歴史

    その概念が構成され有効性を持つ多様な領野の歴史

    その使用規則の歴史

    それが練り上げられて完成に至るまでの多種多様の理論的な場の歴史

 

「科学史における微視的尺度と巨視的尺度の間の区別」

 ・それぞれの尺度において出来事とその帰結は同じやり方では分配されない

 ・双方の基準で語られるのは同じ歴史ではない。

 

「再帰的な再分配」

 ・複数の過去、複数の連鎖形態、重要性の複数のヒエラルキー、決定の複数のネットワーク、複数の目的論がただひとつの同じ科学のためにその科学の現在に変容が生じるのに合わせて出現

  →歴史的記述は必然的に地の現在性に応じて秩序付けられ、地の返還とともに多種多様化して絶えず、自分自身を断ち切る

 

「諸々のシステムの建築的統一性」

 ・内的な整合性、公理、演繹的連鎖、両立可能性などの記述が関与的

 

「一つの科学をその過去のイデオロギーから切り離し、その過去をイデオロギー的なものとして暴露することによってその科学を創設する」ときに概念の切断がなされる

 

◎問題は「切り分け」と「限界」 「一つの~~」とは何か?

 

歴史学における「ドキュメントの問題化」

  以前:ドキュメントが由来している過去をドキュメントが語ることから出発して再構成する

  現在:ドキュメントにその内部から働きかけてそれを練り上げることが第一の任務

     歴史学は無数のドキュメントに地位を与えてそれを練り上げるある種のやり方

     →ドキュメントをモニュメントに変え、無数の要素の統一性、集合、系列、関係を明らかにする

 

歴史学が、考古学-モニュメントの内部記述-を目標としたことによる三つの帰結

    諸々の系列を構成し、それらの関係を記述し「一覧表(タブロー)」にすることが問題化

歴史学においては長い期間が出現、思想史においては断絶が増殖

    非連続性の観念が重要に

縮減、消去されるものだった非連続性が歴史家の意図的な操作の道具に

非連続性は歴史家の記述の結果生まれ、その仕事によって絶えず種別化

はじめに:『知の考古学』の読書会

 このブログは都内の大学生の勉強会の記録を垂れ流しにするものであります。

 この夏は、ミシェル・フーコーの『知の考古学』(慎改康之訳、河出書房新社、2012年)の読書会をしており、その記録が中心となります。

 現在の勉強会のスタイルは、毎回15ページずつと短い範囲を指定し、音読してワイワイ見当する、というものです。

 この記録では、フーコーが何を言っていたのか、どのような議論が出たのか、ということが中心になります。それではよろしくお願いします。